石黒達昌『冬至草』

 ハヤカワSFシリーズJコレクション新刊。
 現役の医師でもある石黒達昌は「文學界」などの純文学誌を中心に活動する作家。本作品集には広い意味での医学を扱い、濃密な死の匂いと共に科学の営みを静かに描いた作品群が収められている。

「希望ホヤ」(SFマガジン2002年3月号)
 2002年度星雲賞国内短篇部門参考候補作。本作品集では唯一のSF誌掲載作品となる。といってもやや文章の雰囲気がくだけただけで、作風は変わらない。
 最愛の娘が小児癌で余命半年と診断されたアメリカの弁護士。彼は娘を治すべく、猛烈に医学の勉強を始める。だが、逆に望みがないということが明らかになっていくだけだった。癌が進行し、じょじょに苦しみを感じはじめた娘の願いで南の島へ旅行に行った。その島で彼は「希望ホヤ」に出会う……
 地味ながらも読ませる科学小説。

冬至草」(文學界2002年5月号)
 表題作。
 昔、北海道の寒村に生育していた放射能を帯びた植物「冬至草」。アマチュア植物学者半井の手により発見され絶滅を迎えるまでの道のりを、また「冬至草」の驚くべき性質とそれに魅せられた半井の姿を静謐に描いた作品。半井と実験助手の張本が冬至草に行ったことの描写の狂気性は強烈。本書ではベストの出来。

「月の…」(文學界1999年12月号)
 右手に月がまとわりついて見えるようになった男を描いた幻想小説

「デ・ムーア事件」(書き下ろし)
 火の玉が見えると訴えた患者、その患者たちは癌で死亡することが多かった。その裏で起こったこととは……
 イーガンっぽいけど、社会に対する批判が前面に出てこないところがイーガンとは違うかな。その分ちょっと弱い。

「目をとじるまでの短い間」(文學界2004年12月号)
 芥川賞候補作。
 抗ガン剤の副作用で妻の死期を早めてしまい、このことを巡って教授と衝突し大学病院を追われ、今では田舎で父の診療所を継いだ男とその娘、診療所を訪れる重病人との関係を描いた作品。文学賞メッタ斬り!版 芥川賞・直木賞選考会において節を曲げたとまで言われたことが納得できるぐらいに、いかにも純文学している。ただ、医学のディテールと男の感じるやるせなさ、そしていたたまれないほど濃厚な死の匂いはこの著者ならではのもの。

「アブサルディに関する評伝」(すばる2001年11月号)
 神の手のごとき実験技術で素晴らしい業績を打ち立てたアブサルディ。留学生のぼくはひょんなことから彼の実験が捏造ではないかという疑いを得た。過程は問題ではなく、結論こそが重要だと語った彼は本当に捏造をしていたのだろうか……
 研究・実験に携わった人間としてはたいへん身につまされる話ではあります。

 全体的にはたいへん満足できた作品集でした。

冬至草 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

冬至草 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)