チャールズ・ストロス『シンギュラリティ・スカイ』

21世紀半ば、究極のAI〈エシャトン〉が出現し、ワームホールによって地球人の9割が銀河の数々の星へ強制転移させられてから2世紀が過ぎた未来。東欧・ロシア・ドイツの保守的な人びとが集中的に移された星では、通信やテクノロジーの発展が厳しく制限された19世紀のごとき封建的政権「新共和国」が成立していた。物語はその本星から四十光年離れた植民惑星ロヒャルツ・ワールドではじまる。ある朝、ロヒャルツ・ワールドに携帯電話の雨が降り注いだ。その携帯電話は人びとの語る「物語」と引き替えにあらゆる願い事を叶えてくれるのだった。あっという間に惑星の経済システムは崩壊し、無政府状態が表出した。超光速通信で知らせを受けた新共和国皇帝はこれを侵略と断定し、引き起こした存在「フェスティバル」を討伐するための攻撃艦隊派遣を決断した。

一方、地球人技師マーティンは宇宙戦艦のシステム更新作業のため、原子力蒸気鉄道で工廠へ向かっていた。その途上、彼はレイチェルと名乗る国連のエージェントに、スパイ活動への協力を要請された。しかし、彼もまたある存在からの密命を受けていたのだった……


90年代後半からじょじょに注目を集め、英語圏では押しも押されもせぬ人気作家になったストロスの初邦訳長篇。ヴァーナー・ヴィンジによる概念〈シンギュラリティ〉以後の世界を舞台に、封建的社会とまったく異質な存在とのコンタクト(というかすれ違い)を、乱舞するジャーゴンと奔放な想像力を武器に、比較的感情移入のしやすい地球人の目を通じてちょっぴり狂騒的に描いたニュー・スペースオペラの佳作。
全体的にはヴァーナー・ヴィンジとブルース・スターリングの影響がたいへん強いが、「〈トースト〉レポート」など既訳短篇で見せたおちょくり精神、たとえば、攻撃艦隊の指揮を執るのが齢80を越えやや認知症気味の提督(でも終身職で本人やる気まんまんのため止められない)であったり、新入り秘密警察官のダメっぷりの描写などが新共和国の封建制と上手くネタとして合っており、著者独特の味を生み出せている。また、宇宙での艦隊戦描写もなかなか緊迫感が出せているのは意外な収穫か。

無限の生産力を手に入れたポスト・資本主義社会の人類を描いた作品としては、ストロスと短篇合作も行ったことのあるカナダの俊英コリイ・ドクトロウ『マジック・キングダムで落ちぶれて』(ハヤカワ文庫SF)と共通するテーマでもあるが、こちらの方がラストの描き方も含めてよりリアリティがある。

ただ、既訳短篇と比べると全体的におとなしめなのは否めない。個人的にはもう少しはっちゃけてる方が好みかな。

ともあれ、今後も定期的な紹介を期待したい(本シリーズの第二作 Iron Sunrise もハヤカワ文庫SF近刊)

シンギュラリティ・スカイ (ハヤカワ文庫SF)

シンギュラリティ・スカイ (ハヤカワ文庫SF)