ジェフリー・A・ランディス『火星縦断』

ハヤカワ文庫SF/小野田和子訳。

ちゃんと機械が壊れるリアルな火星冒険SF。
地球環境においても、それなりにきっちりとメンテナンスしているつもりの設備や機械でも、その盲点を突いてあっさりと壊れてしまいます。老朽化した設備なんざ、中途半端に直すと他の不具合点が出てきますので、だましだまし使っているのが実情。

ましてや未知の環境、あるいは火星のように埃だらけのところなんていえば、長時間まともに動き続けるということなんかありえません。本書はその点たいへんにリアルで、火星用に設計された装備はよく考えられていたのにも関わらず、未知あるいは見落としていた条件で壊れてしまいます。第二次火星探査隊の失敗原因なんてほとんどギャグですが、なるほどと思わせるだけの説得力はあります。

と、本書はこのような工学系ハードSF成分も盛りだくさんなのですが、実はそれ一辺倒ではありません。

事故によって帰還に必要な燃料を失った第三次火星有人探査隊。地球の有人火星探査への意欲はもはや無く、彼らは見捨てられてしまいます。システムエンジニアのライアンは第一次火星探査隊の残した宇宙船を使って帰ることを思いつきます。だが、そこへの道のりは6000キロ、しかも峻険なマリネリス峡谷が行く手を阻んでいるのです。

そんな彼らが遭遇する火星の厳しい環境におけるサバイバルがメインで描かれるとともに、彼女・彼らが送ってきた数奇な人生がカットバックで語られるといった手法を用いて、エンターテイメントとして必要十分なレベルでキャラクターの厚みを出しており、リーダビリティも高いバランスの取れた好篇になっています。ローカス賞第一長篇部門受賞も納得の出来。

火星縦断 (ハヤカワ文庫SF)

火星縦断 (ハヤカワ文庫SF)