ウェン・スペンサー『ようこそ女たちの王国へ』(ハヤカワ文庫SF 赤尾秀子訳)

主人公ジェリン・ウィスラーは見目麗しい15歳の少年。婿入り前の男子として、一家の家事を切り盛りする生活を送っていた。ある日、ウィスラー家は襲撃された王女姉妹の一人オディーリアを助ける。彼女を捜して、家を訪れた長姉レンセラーと恋に落ちるジェリン。普通であれば血統違いで結ばれるはずもない二人だが、ジェリンの祖母たちに拐かされてきた祖父は王家の血を引いていたのだった。母王から姉妹全てが納得すれば結婚を許すという条件を与えられたレンセラーは、ジェリンと姉妹を王城へと招く。王城でかれらは貴族の陰謀に巻き込まれていくのだった……

本作でまず目を引くのはその世界設定。男性は出産時の死亡率が高く、女性人口の5%程度しか存在しないため、必然的に女性上位社会が構築されている。具体的には、男性は女性の所有物・資産として扱われ、また略奪を防ぐために原則的には一家の外には出ることがない。ここまではある意味現実の裏返しとも言えるが、生殖能力の強弱の観点から、まるでサラブレッドのごとく血統を重視されているというオマケも付いてきている。個人的にはたいへんなディストピアと思えるのだが、世界の制約条件下における社会システムとしては一定の整合性が取れており、SFとしての背景としては良くできている。

面白い点は、このような用意周到な背景を構築しておきながらも、王族の血を引く男(ある種の貴種流離譚だ)と王族姉妹の恋、そして王族内での陰謀を描いたロマンス小説の枠組みから逸脱することなくストーリーは進み、世界の変革などのSF的な大きな物語へは決して進もうとしない点は良くも悪くも現代的と言える。日本と西洋風の世界という違いはあるものの類似した設定を用いた作品であるよしながふみ『大奥』とはこの点で大きく異なると考える(まだ『大奥』は緒に付いたばかりであるが、なぜそのようになったのかを描き出そうとしている点は伺える)。

ともあれ、物語世界から受ける嫌悪感は個人的にはかなりのものだったが、キャラ立ちの手法を用いてエンターテイメントとして読ませてしまう点には著者の力量を感じた(そこまでエンタメに徹することが良いか悪いかはともかくとして)。

ようこそ女たちの王国へ (ハヤカワ文庫SF)

ようこそ女たちの王国へ (ハヤカワ文庫SF)